第06話 一線


 連れて行かれたのは、大きな御殿の前だった。アユルが、五段のきざはしをあがって行く。ラシュリルは少しためらって、仕方なくあとに続いた。
 ここはどこなのだろう。先ほどまでいた所とは違ってとても静かだ。
 廊下を歩きながら、ラシュリルは庭に目を向けて足を止めた。地面が月の光に黒く艶めいて、地平線の彼方まで続いている。
 
「どうした」

 いぶかしんだアユルが、ラシュリルに近付く。そのとき、やわらかな風が吹いて、木々の影が玉砂利の上で影絵のようにさわさわと揺れた。

「……この世には、こんなに美しい夜があるのですね」
「美しい夜だと? 面白いことを言うのだな」
「本当に素晴らしい眺めなのですもの」
「そうか?」
「新王さまには見慣れた景色なのでしょうね。うらやましいです」

 ラシュリルはにこりとほほえんで、何かを思い出したように「あっ」と小さく言った。粗相があれば……、と首をかき切られる真似をしたハウエルの顔が頭をよぎったのだ。

「今度は何だ」
「わたしったら、うらやましいだなんて失礼なことを言ってしまいました。それに、先日のこともお許しください。新王さまだと思わなくて、その……」
「よい。今も先日も、謝るようなことはしていないだろう」
「でも」
「私の方こそ、怖がらせてしまったな」

 アユルが背を向けながら、「許せ」とつけ加えて清殿へ向かって歩き出す。ラシュリルは、小袿こうちぎの裾を持ち上げてアユルを追いかけた。本当に静かな所だ。人の気配がまったくない。

「ここには、誰もいないのですか?」

 背中に問いかけてみたけれど、答えは返ってこなかった。廊下の角を曲がったところで、アユルが両開きの扉を開ける。

「あの、ここはどこなのですか?」
「私の居所だ」

 入れと言われて、ラシュリルは中に一歩足を踏み入れた。背後で、錆びた金属音を立てて戸が閉まる。
 燭台の火に照らされた屋内は、黄金に輝く皇極殿とはまるで違う木質の寂しい色をしていた。かと言って、みすぼらしい感じではなく落ち着いた品のよい趣がある。

 アユルは部屋をひとつ通り抜けて、ラシュリルを書斎へ誘った。
 書斎の奥に一段高い御座おざ、その手前に四方のへりを絹織物で囲ったしとねが敷いてある。それに座るように言い、アユルは文机から玉牌を取ってラシュリルと向かい合った。

 ラシュリルは、背筋をぴんと伸ばした。
 座る所作一つさえ、洗練されていて気圧されてしまう。これが、伯爵夫人の言っていた気品というものではないかしら。そんなことを思いながら、じっとアユルの顔を見つめる。

 そう言えば、新王さまは女性のように美しいのだと誰かが話していた。確かに、肌は太陽の光を浴びたことがないような白さで、二重の目とすっと通った鼻筋、薄い唇はまるで精巧な彫刻のように端正だと思う。でもそれは、女性のような可憐な美しさとはまったく違う。硬質で、とても男らしい。

「湖で何をしていた」

 アユルに顔を覗きこまれて、ラシュリルはどきりとした。

「散歩をしていたのです」
「散歩だと? あのような森の奥でか」
「きれいな湖があると聞いて行ってみたのですが、知らない場所だったうえに雨が降ってきて……。迷ってしまったのです」
「……なるほど」

 アユルは、玉牌を手のひらに乗せてラシュリルに見せた。その瞬間、つぶらな目が少し見開いて、わずかな時間差でふっくらとした紅い唇が息を吸いこんだ。

「それは!」
「そなたの物か?」
「はい、とても大事な物なのです」
「そうか。これを見せたかったのだ」
「拾ってくださったのですね。よかった、見つかって」

 少しさがった眉。二重まぶたの下で、潤って輝く瞳。やさしげに緩んだ口元。ラシュリルの嬉しそうな表情が、アユルを魅了する。
 素直で、愛らしいの一言がぴたりと当てはまるような顔だ。口元を袖で隠して笑う、したたかな者たちのものはまったく違う。

「ありがとうございます」

 やっぱり湖で落としていたのだわ。ラシュリルが玉牌に手を伸ばす。そして、アユルの手のひらから玉牌を取ろうとした瞬間、体が半回転して、二度まばたきをする間にすっぽりと胸に抱きすくめられた。
 何が起きたのか、どうしてこうなっているのか、さっぱりわからない。ただ、これは挨拶の抱擁とは違うということだけは理解できた。

「……あのっ」
「ラシュリル」
「どっ、どうしてわたしの名前を」
「先ほど、キリスヤーナ国王が言ったではないか」
「……そう、でした」

 アユルは、ラシュリルを強く抱きしめた。
 腕の中から甘い桂花が香る。表情にも言葉にも、無垢な人柄がにじみ出ている。天下にこんなにきれいな女人がいるとは思いもしなかった。この者が桂花の姫だったなら、どれほどよかったか。

「新王さま、悪ふざけはおやめください」

 ラシュリルが、アユルを睨みつける。とは言っても、本人が睨んだつもりになっているだけで、まったく凄みはない。

「ふざけているつもりはないが」
「こっ、こういうことに慣れておられるのですね」
「こういうこととは、どういうことだ」

 淡々としたアユルのきり返しに、ラシュリルは顔を真っ赤にした。

「新王さま」
「何だ」
「そろそろ戻らないと……」

 そうだな、とアユルがラシュリルを解放して立ちあがる。そして、ほっとするラシュリルに手をさしのべる。ラシュリルは、何の疑いもなくその手を取った。

「本当に素直だな」
「えっ?」

 手を引き寄せられたと思った直後、体がふわりと浮いて、ラシュリルは目を点にする。
 横抱きのまま隣の部屋に連れて行かれて、ふかふかとした真っ白な寝具の上におろされた。明かりのない暗い部屋で、ふたりの体と視線が重なる。
 ラシュリルは、アユルの目を見つめて息を呑んだ。静かで闇夜のような漆黒に、きらきらと小さな光が輝いて、宝石のように美しい瞳だ。

 ――わたし、同じ夜空を知っているわ。

 幼いころ、眠れない夜に父が連れて行ってくれた海を思い出す。キリスヤーナの短い夏の海はおだやかだ。夜空に数え切れないほどの星がきらめいて、月明かりに海原の波が揺れる。沖から寄せる波の音は、小さなラシュリルを飲みこんでどこか遠くへ連れて行ってしまうのではないかと思わせる怖さと、眠れずに騒ぐ心を鎮めてくれる不思議な力を持っていた。

「あのときは、赤く……んっ」

 言葉を遮るように、唇を荒く塞がれた。
 逃れようと首を動かすとあごをつかまれて、唇の間から舌をねじこまれた。口角から溢れた唾液に口紅がにじんで、独特な香料の味が口一杯に広がる。

「ふっ……んんっ」

 アユルは、ラシュリルの息を奪いながら小袿の中をまさぐり、袴の赤い腰紐を手に巻きつけて一気に引いた。
 拘束を解かれた衣がはだけて、ラシュリルがアユルの腕をつかんで必死にもがく。だが、アユルの手はそれを気にも留めず腰の曲線をなぞり始めた。
 粗野な動きではなく、力を加減しながら、じわじわと体に備わっている警戒を解いていくようなもどかしい動き――。

「んん……っ」

 胸の膨らみをかすめるように、アユルの手が脇を通りすぎる。アユルは華奢な肩をなでて、ラシュリルの体を護っていた薄桃色の衣をするりと落とした。

「っ、はぁ……」

 唾液の糸を引いて唇が離れると、ラシュリルの呼吸は異常なほど乱れていた。
 息を整える間もなく、しっとりと汗ばんだ胸に吸いつかれ、さわさわと硬い髪に肌をくすぐられた。
 きっと今、わたしはとてもはしたない恰好をしている。羞恥が、限界を越えようとしていた。

「だ、め……っ、もうっ。やめて……っ」

 アユルの唇が、隆起した桜色の先端を咥えた。甘噛みされて、もう片方を指で挟まれて……。熱い口の中で痛いくらいに立ち上がったそこは、他のどこよりも敏感だった。
 舌で転がされるたび、強く吸われるたびに、体の奥深くから熱がほとばしるようにこみあげる。満たされては物足りなくなる不思議な熱。逃げたいのに逃げたくない。やめて欲しいのにやめて欲しくない。
 気付けば、乱れた息の合間で漏れる淫らな声を止めることができなくなっていた。

 ――ああもう、おかしくなってしまいそう。

 やわらかな乳房をひとしきり味わって、アユルは鎖骨から順に首を舐め、頬に軽く口付けた。ラシュリルの顔からはあどけなさが消えて、何とも言えない妖艶な表情が浮かんでいる。
 手から少しあふれる乳房を握って、硬くなっている隆起を指で弾けば、柳眉が寄って、果実のように瑞々しい唇から可愛らしい悲鳴があがる。
 じらすように敏感な場所を避け、胸から腹、脇を舌で愛撫しながら、アユルはラシュリルの下穿したばきを剥いだ。

「いや……っ、待っ、て……」

 角ばった手に太腿ふとももをなでられて、ラシュリルは両足に力を入れた。
 アユルの指先が、薄い下生えの中を探るように秘裂を広げて、ぷっくりとした蕾に触れた。しばらくそこを小刻みに刺激して、とろりと蜜をこぼす場所にゆっくりと入ってくる。最初は中指。中が慣れてくると、もう一本増やされた。

「ああっ」

 ねっとりとした舌が蕾を舐めた。舌は絶妙な力で蕾に触れて、時折、唇が音を立てて吸いつく。指に内側を擦りあげられて、血が一点に集まった。
 器用に形を変える舌と指に苛まれて、とろけた蜜口から熱い体液があふれる。体がびくびくと震えて、視界が真っ白になった。

 アユルは体を起こして、屹立した自身で蜜口をなぞりながらラシュリルを眺めた。目や手、胸や太腿。暗がりに浮かぶラシュリルは、細部にいたるまですべてが愛らしくて美しい。
 少し触れるだけでとめどなくあふれてくる蜜をたっぷりと絡ませて、アユルはゆっくりとラシュリルの中にそれを沈めた。

「あぁん……っ」

 狭い中をゆっくりと奥に進んでくる。鈍く痛むような気もするけれど、もう正しい感覚がわからない。
 力が抜けたラシュリルの中で、アユルがゆっくりと動き始める。優しい動きはだんだんと激しくなり、淫らな声に照応するように奥を激しく突きあげられた。

「ふんっ……、あっ、んんっ……」

 必死に短い息をしながら見上げると、アユルが眉根を寄せて息を乱していた。苦しそうに歪んだ顔、たくましい体。それに触れたくて宙をさまようラシュリルの手を、アユルが握って口付ける。

「ラシュリル」

 低く艶めかしい声が呼んだが、大きく体を反らしたラシュリルの意識は、また真っ白な世界に飲みこまれていた。

 アユルは息が整うのを待って、そばに脱ぎ捨ててある衣をラシュリルの体にかけた。
 音を立てないように寝所を出て、真っ直ぐに廊下に向かう。妻戸を開けて辺りをうかがうと、呼吸さえためらってしまいそうな清閑な夜が広がっていた。

「コルダ」
「はい、ここにおります」
「キリスヤーナの王女付きの者が、どこか表の殿舎に控えているはずだ。先に宿に戻って王女がいるように装うよう伝えて来い。王女は明日の早朝に送り届ける」
「かしこまりました」
「コルダ、待て」
「はい」
「その者にひとつ尋ねてもらいたいことがある」
「……かしこまりました」

 宴はまだ続いているようだ。皆、酒に酔って右も左もおぼつかないころだろう。
 書斎に戻ると、床にラシュリルの玉牌が落ちていた。玉牌を持つのは、カデュラス人だけだ。

 ――なぜ、キリスヤーナの王女が玉牌を……。

 アユルは、玉牌を文机の上に置いて部屋の明かりを消した。
 静かに寝所に入って、散らばった衣をかき集める。ラシュリルは深く眠っているようで、規則正しい寝息を立てていた。隣に横たわって、そっとラシュリルを胸に抱きしめる。

「……う、ん」

 ラシュリルが、腕の中で小さく身じろぐ。
 このまま朝が来なければ、どんなに幸せだろうか。今まで抱いたことのない気持ちが、滾々こんこんと心の底からわき出てくる。

 ――愛おしい。

 どんなに望んでも、朝が来て夢は必ず終わってしまう。アユルは、ラシュリルを抱きしめたまま静かに目を閉じた。