最終話 未来へ

 アユルは、寝具の上に寝そべって書簡を読んでいた。カリナフが王都を離れる前日にラディエに預けた、アユル宛の手紙だった。

 それには、願いを聞き届けてもらったことへの感謝とアユルへの忠誠を誓う言葉が並んでいた。それから、タナシアの罪を共に背負って戒めるために、の地までふたりで歩いて行くとも書かれていた。
 タナンの国境までの道のりは、キリスヤーナへ向かうそれよりも険しく遠い。高家の雅な暮らししか知らない二人だ。その旅路は、大変な苦難であろうと察する。

 そして、最後はこう結ばれていた。
 遠い地で、慶事のしらせをお待ち申し上げております。一日も早くその日が参りますよう、心より祈願致します。陛下と貴妃さまに数多の幸あらんことを。

「アユル様。貴妃さまがお越しになられました」

 コルダの声に、アユルは身を起こして書簡を枕元の台に置いた。戸が静かに開いて、ラシュリルが様子をうかがうように顔をのぞかせる。

「こちらへ来い」

 手招きをすると、ラシュリルは嬉しそうに近付いて来て寝具の上で向かい合うように正座した。

「疲れただろう」
「いいえ。とても楽しくて、あっという間でした。茶話会の日が待ち遠しいです」
「それは何よりだな。そなたは、私が思う以上に頼もしくて勇敢だ」
「恐れ多いことを言わないでください。姫さまたちが良い人だったから」
「褒め言葉を素直に受け取るのも大事なことだぞ。もっと自信を持て」
「はい。ありがとうございます、アユルさま」
「それでよい」

「そう言えば、カリナフさまはお越しにならなかったのですね」
「何だ、カリナフのことが気になるのか?」
「気になるというか、カリナフさまの荘厳な舞を楽しみにしていた方もいらっしゃったのではと思って。ほら、春の宴でカリナフさまがお面を外したときに歓声が……」
「カリナフは」

 タナンとの国境に行った。今生ではもう会えないだろう。アユルは淡々とした口調でそう言って、ラシュリルの夜着に手を掛ける。そして、慣れた手つきでするりと腰紐を解いた。

「何かあったのですか?」
「あったが、それはまた日を改めて話す。私たちは、長い時を共に過ごすのだから時間はたっぷりある。今はそのような話しをするよりも、早くそなたに触れたい」

 明々と灯った照明に、ラシュリルは少し戸惑う。いつもなら消してくれるのに、今夜はどうしたのだろう。

「アユルさま。あの、明かりを消して……」
「今宵はこのまま」

 へ? とラシュリルは思わず口を開けた。
 だめ、無理です。最近、とても食事とおやつが美味しくて、あちこちがふくよかになってきた気が……と、ラシュリルは目を伏せて緩んだ夜着の衿をおさえながら口ごもる。ちらりと視線だけを上に動かすと、アユルが優雅な笑みを唇に乗せて熱を孕んだ視線を向けてきた。

 角ばった人差し指の先が、頬をかすめるように伝って髪をすくう。漆黒の瞳は魂まで引き寄せられてしまいそうなほど妖艶で、ゆったりとした指先の動きは全身が疼くような夜毎の愛撫を連想させる。

 ――恥ずかしい。

 そんな言葉が浮かんで、鼓動が早まり顔が上気する。アユルの笑みがそれを見透かしているように思えて、勝手に羞恥心を煽られてしまう。
 ラシュリルが恥ずかしさに耐えていると、前髪を耳に掛けた指先がつつ……と肌を撫でながら唇をなぞった。

「愛していると言葉にすればたった一言だが、想いは計り知れないほど深くて強い。どのようにすれば、私の気持ちを余すところ無くそなたに伝えられるだろうか」

 もう充分に伝わっていると答える前に、肩を押されて体が仰向けに倒れた。軽く口付けを落とされて、衿を割った手が鎖骨に沿って肩に触れる。するりと夜着が肌を滑って、ラシュリルは小さな声を上げた。
 首から胸、鳩尾、腹部。赤い印を刻みながら、アユルの唇が下に向かって行く。

「……まっ、待って」

 脚を大きく広げられて、その間にアユルが顔を埋める。煌々と明るい部屋。恥ずかしさに身悶えるラシュリルに見せつけるように、アユルは両脚を持ち上げて淡い茂みから秘帯に舌を這わせた。蜜口を舐め回して、溝をなぞって陰核を舌先で突いて強く吸う。
 中から出てくるとろりとした甘い滴をたっぷりと舌につけて蜜口にねじ込むと、ラシュリルは天を仰ぐように喉をのけ反らせて体を弓なりにしならせた。

「んんっ、あっ……」

 一瞬、体が強張る。もう少しで昇りつめるというところで体が回転して、腰を持ち上げられた。お尻を突き出した格好になっていることに気付いて、ラシュリルは息を乱したまま顔をアユルに向けた。

「挿れてほしいと強請っているようだな」
「そんなこと……っ、あぁ……っ!」

 蜜口に硬いものがあてがわれて、先端が押し入ってくる。それは、襞を押し広げるようにゆっくり奥まで進んで、二、三度奥を突いたあと、中をえぐるように動き始めた。徐々に動きが早くなって、背筋をぞくぞくとした小さな波が走る。先ほど中途半端でやめられたせいで、体が異様なほど敏感になっていた。

「もう……っ、おねが、い……っ」

 果てたい。ラシュリルの懇願するような声に、抽挿が激しくなる。
 閉じたまぶたの裏で光が弾けるような大きい波が体を走り抜けて、意識は真っ白になって、息も絶え絶えの体がびくびくと震えた。もう、だめ。意識とは裏腹に、花孔の中はぎゅっと吸いつくように熱い猛りを咥えている。
 それを悦ぶかのように、アユルが腰をぐっと押しつけて先端で最奥を突く。

「あぁ……っ、んっ」

 体の震えが一際大きくなって全身から力が抜けると同時に、硬く熱いものが引き抜かれる。その擦過の刺激が、またさいなむように快楽の波を生む。

「ああ……っ!」

 ラシュリルは、小さな叫びを上げて寝具の上に突っ伏した。すると今度は、魂が抜けてしまったかのように重たい体を仰向けにされて、必死に息を吸う口を塞がれた。

「……っふん、んんっ……!」

 ふたりの温かな唾液が口の中で混ざり合って、舌が絡まる。互いの吐息に溶けていく、互いの声にならない声。熱くて甘くて、頭がくらくらと痺れてしまう。
 幸せ。愛して、愛されて、愛しい人が体の隅々にまで染みこんでいくみたい。

 はぁ、と深い吐息と共に唇が名残惜しそうに離れた。
 汗ばむ白桃のような乳房の肌を食んで、アユルがその中心で固く熟れた紅い頂を口に含む。舌先でちょっとそれを転がされただけで、下腹部がきゅんとなって再び体が熱をもたげる。

 アユルは、ラシュリルの細い脚を持ち上げて両肩に乗せると、痛いくらいに昂ぶった自身の先を秘裂に食い込ませた。そのまま焦らすように先端を上下させて、ラシュリルを見下ろしながら、時折、ぷっくりと充血した蕾を弄ぶ。
 先ほどまでアユルを受け入れていた蜜孔は、ひくひくと蠢いて、すぐに温かな雫を滴らせた。

 手の甲で口を塞いで、羞恥に悶える顔。華奢な肩に瑞々しく弾む乳房。淫らな火陰ほと。何もかもが可愛くて、愛おしくて、艶かしくて、すべてを自分だけのものにしたくなる。愛しているの一言に、気持ちが収まりきる訳がない。

「アユル、さま……んっ、気持ち、いい……」

 目を潤ませたラシュリルが、浅い呼吸をしながら言う。アユルは、ラシュリルがこぼす蜜液を絡めて、一気に奥まで貫いた。
 少し動くだけで、ざらざらとしたひだがうねるようにきつく締めつけてくる。全身を突き抜けるような甘美な喜悦。アユルはそれに陶酔するように、ラシュリルに口付け名を呼んで、胸を揉みしだきながら腰を打ちつけた。

「ふぅんっ……、も……っ、だ、め……っ」

 眉根を寄せて、ラシュリルが苦悶の喘ぎ声を漏らしながら体を弓のようにしならせる。同時に、膣壁が一層強くアユルを締め上げた。
 狂おしいほどの愛情が、互いの魂までも結びつける。共に上り詰めていく瞬間、世界はふたりだけのものになった。

「はぁ……っ、ぁん、んんっ……!」

 がくがくと震えるラシュリルを激しく穿ち、アユルは低い声が混ざった息を吐いて最奥に白液を放った。
 どくどくと脈打つ自身を挿れたまま、アユルがラシュリルに覆いかぶさって、汗で湿った体を抱きしめる。ふたりの息と鼓動は、言葉を発することもできなほど激しく乱れていた。

 どれほどそうしていたのだろうか。
 じじじ……と油が切れた燭台の炎が、白煙をくゆらせて消えた。しばらくすると、全ての明かりが同じように消えて、寝所は真っ暗になった。
 アユルは呼吸が平静を取り戻すのを待って、寝具にごろんと横たわる。そして、ラシュリルの頭を腕に乗せて抱き寄せた。

***

 それから平穏な日々が続いて、季節が一巡りした。
 王宮の雰囲気はすっかりと変わり、長く蔓延っていた陰湿の欠片も感じない。時々、妃でもない若い乙女たちが、建ち並ぶ御殿のひとつに集まって楽しそうな笑い声を響かせる。貴妃主催の茶話会は、回数を重ねるうちに高家の娘だけでなくその友人たちや女官も加わって、大変賑わう一大行事となっていた。

 そして、甘くむせ返るような花の匂いが漂う夏の日。王家に新たな命が誕生した。黒い髪に透き通る青い硝子のような瞳。カデュラス人とキリスヤーナ人の特徴を併せ持つ、可愛らしい王女だ。

 生後一ヶ月が経ち、王女はセシルと名付けられた。
 王位を継げるのは、直系の男子のみと定められている。男子でなかったことが皆を落胆させるのではないかと思ったが、それは全くの杞憂だった。

 頑なに独り身を貫いた挙句に女官たちを追い出してしまうような陛下に御子が……、とラディエが歓喜の涙を流して皇極殿に鼻をすする音を響かせた。
 ラディエにつられるように、次々と感動に胸を震わせた中年たちがむせび泣いて、アユルは全身をぞわぞわと粟立たせながら祝いの言葉を受け取ったのだった。

 臨月に入ってから、ラシュリルは華栄殿に移っていた。本来なら、歴代の王を祀ってある神陽殿の近くに産殿が建てられるのだが、アユルは清殿に近い華栄殿を産殿とした。毎日通うには、神陽殿はあまりにも遠いからだ。

 夜遅く、アユルは必ず華栄殿に行く。妻と娘の顔を見なければ、気が落ち着かなくてその日が終わらないのだ。
 華栄殿の一番広い部屋で、薄明かりの中、ラシュリルは布団に横たわって安らかな寝息を立てていた。そのすぐ隣に、小さな赤子がころんと転がっている。

 アユルは、傍らに座ってふたりの顔を眺めた。どれほど見ていても飽きることはない。朝までずっと見ていられたらどんなに幸せだろうか。

 はふぅ、と小さな声がして、セシルの顔があっという間にくしゃっとなる。そして、ふぎゃあと弱々しく泣き始めた。

「これ」

 アユルはセシルを腕に抱いて立ち上がると、衣桁から掛け布を取って急ぎ足で華栄殿を出た。

「まったく……、昼間も散々泣いたのだろう? 少しは母上を休ませてやれ」

 人差し指でつんつんと口を突くと、セシルは口をもごもごさせて呑気に欠伸をした。どうやら、泣く気は失せたようだ。

「今宵は月がきれいだな」

 セシルの体が冷えないように、掛け布でくるんで胸にしっかりと抱く。そして、アユルは階から庭におりた。しんと静まり返った庭に、ざくと玉砂利の音が立つ。

「アユルさま」

 振り返ると、ラシュリルが「ごめんなさい」と慌てて階をおりてきた。深く眠っていたように見受けられたが、母親とはすごいものだなとアユルは少し驚いた顔をした。

「セシルと庭を歩いて来るから、そなたは休んでいろ」
「わたしもご一緒します」
「それでは意味が無いだろう」

 いいえ、とラシュリルが少し痩せた顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。
 さわさわと緩やかな秋の風が吹いて、どこからかふわりと桂花が香る。アユルはセシルの掛け布を整えて、ラシュリルの手を取った。

「寒くないか?」
「はい、ちゃんと着込んで来ました」
「流石だな」

 ざくざくと心地よい音を奏でながら、アユルとラシュリルは庭を歩いた。黒く艶光る玉砂利の上に、夜半の月明かりを浴びるふたりの影が伸びる。影はぴたりと寄り添って、いつまでも離れることはなかった。