第七話 永遠


 今度の口付けは、先ほどとは比べものにならないくらい荒々しかった。逃げようにも、体を抱きすくめられて身動きが取れない。

「ふっん……っ」

 無我夢中で陽王ようおうに応えている間に、腰紐がするりと引き抜かれた。はだけた夜着の中を、骨ばった手が這い回る。脇腹、腰、腹部。そして、胸。感じるところを知りつくしているかのように、陽王の手が強弱をつけて肌をなでる。胸の頂を指で弾かれて、珠月の肌がぞわりと粟立った。
 あっという間に夜着はぎ取られ、貪るような口付けが終わると同時に、身体が仰向けに倒れる。

「ずっと、こうして愛を交わしたかった」

 陽王の真剣な目とささやくような声に、胸がどくんと高鳴る。
 まぶたと左右の頬に、優しい接吻がおりてくる。好きだと言われて、珠月ははにかんで、はい、と頷いた。
 陽王が珠月にまたがって、見せつけるように自分の腰紐を解く。するりと夜着が滑り落ちて、無駄のない均整のとれた筋肉質の体が月明かりに浮かんだ。
 無意識に手が伸びていた。珠月は、胸筋の感触を確かめるように指で押してみた。いつも忙しそうにしているのに、いつ鍛えているのだろう。この状況で、そんな悠長なことを考える自分に驚く。緊張が体中の神経を一周半くらいして、振り切れて、思考が完全におかしくなっているのだ。きっと。

「硬い……」
「こら、あおるな」
「煽ってなんて……!」
「余裕だな」

 くすりと笑って、陽王が首に甘く噛みつく。そして、右手で乳房を愛撫しながら、肌に舌を這わせる。やさしく、時々、小さな音を立てて吸いついて……。
 余裕なわけがない。恥ずかしくて、恥ずかしくて、今にも息が止まってしまいそう。
 舌先が、胸の突起を避けて通り過ぎる。そして、へその回りや脇腹の柔肌をくすぐる。じらすような動きがもどかしい。そのせいで、体の奥が徐々に熱を持ち始めた。はやく……。お願い、はやく触れて……。
 やっと胸の突起を吸われて、珠月はため息のような高い声を出した。舌先で押され、転がされ、そこが痛いほどいきり立つ。

緋尚ひしょうとは、どのように夜を過ごしていた?」

 陽王が、赤みを帯びて固くなった乳嘴にゅうしを舌でもてあそびながら言った。言葉と一緒にかかる息さえも肌を刺激してくすぐったい。
 初めて床を共にした夜、処女だと知られてしまった。信じられないと驚く陽王に、夫はあなたのようなけだものではないと泣きながら叫んだ記憶が頭をよぎる。

 ――どうしてそんなことを聞くの。

 珠月が、いや、と吐息混じりに言う。答えろ、と言わんばかりに陽王が乳嘴に歯を立てた。

「あぁ……んっ、てっ手を……っ、ん、握ってっ……」
「それだけか?」

 珠月が必死に首を縦に振る。

「ならいい。少しでもこの柔らかな肌に触れていたなら、明日にでも首をはねてやるところだ」
「もしかして……、やきもち?」

 悪いか、とねるように言って、陽王は乳嘴をいやらしく舐めて胸の肌に吸いついた。そして、双丘の間に顔を埋める。緋尚が女に欲情しない質だと知っていても、珠月と同じ褥で眠っていたなど胸糞が悪い。
 それにしても、と陽王はにんまりする。心もとない月明かりのもと、目を潤ませて恥じらう姿の何と可愛らしいことか。もっと見たい。溺れて乱れる姿を。
 珠月の両脚を開いて、陰部に顔を近付ける。それから、薄い恥毛の中に隠れているものをそっと舐めた。

「いやぁ……っ!」

 珠月は腰を小さくひねる。生温い舌に雌芯を刺激されて、瞬時に熱が一点に集まってきた。熱い。もう蕩けてしまいそう。

「ん、あっ」

 薄い唇が雌芯を吸って、いやらしい音を立てる。同時に、指がゆっくりと会陰をかき分け、迷わず潤んだ蜜口に押し入ってきた。

「やんっ、やめて……っ」

 膣壁を押し上げて、陽王の指が小刻みに中で動く。
 珠月は体をしならせた。気持ちいい。もっとそこを。もっと強く。いや、やめないで……。懇願するように見つめると、陽王は意地の悪い笑みを浮かべ、そこを離れて指を一気に引き抜いた。

「あんっ」

 陽王が覆いかぶさって、ちゅっと軽く口付ける。

「乱れた姿も美しい」
「そっ、そんなこと言わないで。恥ずかしい」

 体を起こした陽王が、屹立した自身で会陰をなで回す。どろりと溢れる愛液を絡め、狙いを定めるように猛りの先を蜜口に押し当てる。そして、ずぷりと先端をねじ込んだ。

「ううんっ」

 珠月の眉根が寄る。
 狭い中を広げながら、熱をもたげた楔が奥を目指す。ぐっと穿つように一度だけ最奥を突いて、陽王が浅い位置で抽挿を始めた。膣壁がうごめくのが自分でもわかる。さっき指が触れた場所。一番感じる所だ。

「はぁ……ああんっ」

 珠月は敷布を握りしめて、小波のように官能をくすぐる快感に耐えた。
 陽王を咥えた蜜口から愛液が溢れて粘着質な音がする。そして、時折聞こえる低くて短い艶のある喘ぎ声。あなたも気持ちいい? そう聞きたいのに余裕がなくて手を伸ばす。
 陽王が、その手をつかんで激しく奥を突いた。たっぷりと潤って摩擦のない肉襞を、乱暴にぐちゃぐちゃに擦られる。もうだめ、抗えない。珠月は、背を反らして達した。

 細切れの呼吸に照応して、珠月の胸が大きく上下する。
 陽王は、両腕で珠月の肩を抱きしめた。二重まぶたに縁取られた瞳が、虚ろに視線を泳がせている。
 息を奪うように珠月の唇を塞いで、舌を歯列の間に入れる。すると、すぐに舌が絡みついてきた。快楽の波に飲まれながらも、応えてくるのがいじらしい。そのまま抽挿すると、うねるように締めつけてくる。

「んっ……」

 果てのない波が、また体を昂ぶらせる。珠月は、両腕で陽王を抱きしめた。しっとりと汗ばんだ陽王の肌。ひんやりとした感触のあとに伝わってくる、とても心地いい体温。けれど、それに浸っている時間はなかった。

「あっ、あっ、ああっ……!」

 最奥を激しく攻められて、さっき達したばかりの体が大きく震えた。だらりと敷布に投げ出した手を握り締め、陽王がついばむような口付けをする。

「珠月、可愛い。もっと、もっと欲しい」

 獰猛な光を宿した陽王の目に、ぞくりと身震いする。いつ終わりがくるのだろう。もう全部がおかしくなってしまいそうなのに……。
 ぐるりと体が反転する。困惑する珠月に、陽王がにやりと笑う。

「自分で動いてみろ」
「そっ……、そんな……」
「ほら」

 体を起こすと、陽王を咥えたまま馬乗りの状態になっていた。陽王が見ている。恥ずかしい格好を、嬉しそうに。
 陽王の胸に両手をついて、腰を前後させてみる。こんなおぼつかない動きで、満足できるのだろうか。でも、やり方がわからない。ただ、胎内がすごく気持ちいい。剛直に奥の奥をぐぐっと押されて、びくびくと体が震えるほど――。
 珠月は、敏感になった雌芯を擦りつけるように腰を動かした。

「……っ」

 弾むように揺れる乳房を手で揉みしだきながら、陽王が眉間にしわを寄せて苦しそうな顔をする。

「痛いですか?」
「……いい」
「えっ?」
「気持ちいい」

 もどかしい動きに我慢の限界がきてしまった。陽王は珠月の太腿をなで、下から勢いよく突き上げる。そして、嬌声を上げて蜜を撒き散らす珠月の中に精を放った。
 口で荒い息をしながら、珠月は陽王の体の上にくたりと倒れた。たくましい腕が、ぎゅっと体を抱きしめる。

「愛している、珠月」

 朦朧とする意識の中で、優しい声が聞こえた。あたたかい。珠月の口元が、緩やかな弧を描く。どくんどくんと早鐘を打つような陽王の心音に導かれて、珠月はそのまま眠りに落ちた。

 それからひと月ほど経ったある日、昇陽の王宮は慶事の赤一色に染まった。
 陽王が、正妻である王后を迎えたのだ。たくさんの国々から王族や朝臣たちが招かれ、過去に例を見ないほど盛大な立后の儀が執り行われた。

 珠月は、一足先に紫永宮へ戻った。途中で足を止め、庭の木々に目を向ける。芽吹いた新芽は、いつの間にか淡い桃色の花になっていた。ひらひらと花の蜜を求めて飛んできた蝶が、珠月の衣にとまる。
 金糸で大輪の花が刺繍された真っ赤な衣装。昇陽の王后が、一生に一度、婚儀のときに身にまとうものだ。

「珠月!」

 呼ばれて振り返ると、陽王が駆けてきた。着丈の長い黒の上衣がはためいて、赤い深衣が見えている。近くにきた陽王の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

「そんなに急いでどうされたのです? 言ってくださればお待ちしましたのに」
「待たせるほどのことではない。ふたり揃って紫永宮の門をくぐりたかっただけだ。今日は、特別な日だからな」
「ふふっ」
「綺麗だ、珠月。詞華王もきっと喜んでおられよう」

 陽王が、軽やかな所作で珠月の手を取る。
 王宮では、何をするにも習わしやしきたりといった規則がつきまとう。それによれば、王后は麗明宮れいめいきゅうに住むことになっているらしい。麗明宮は、紫永宮の目と鼻の先、とても近くに建っている。それなのに陽王は、我が后の住処すみかは紫永宮だと女官長に駄々をこねた。

「王宮は、王の御子が生まれお育ちになられる場所。秩序が乱れます。国の主たる陽王がきまりを破るなど」
「余は王后以外に妻は持たぬ。乱れる秩序がどこにあるのだ」

 こんなやり取りの末、陽王の屁理屈に女官長が万歩譲ってくれたお陰で、珠月は紫永宮での暮らしを続けることになった。

 紫永宮の門の前で、宮女たちが並んでふたりを出迎える。人目をはばからず手をつなぎ、ほほえみ合う陽王と王后に皆が羨望の眼差しを向けた。

 今宵、王宮に灯される火が消えることはない。赤いろうそくに灯される火には、王と王后の魂が深く永遠に結びつき、命がつながるようにとの願いがこめられているそうだ。
 夜の帳がおり、蕾怜らいれいが王后になった珠月の部屋へ渡る。それは、春が盛りを迎えたおだやかな吉日のことだった。