最終話 歓春

 遠くから、冬鳥のさえずりが聞こえる。今、何時なんどきかしら。まぶた越しに陽光の明るさを感じるから、夜が明けているのは分かる。

 ――起きなくては。

 そうは思うけれど、体が気怠くて動けない。もう少し……、もう少しだけ微睡まどろんだらとこを出よう。

 目を閉じたまま寝具の中でもそもそと身じろいで、左臥位になるようにゆっくりと寝返りを打つ。すると、背中に心地よい温度が密着して、逞しい腕が胴に巻きついてきた。葛に絡まれる樹木のように、タナシアの体がにわかに硬直する。

「……タナシア」

 頭上から降りてくる、少し掠れた寝起きの低い声。どきっとして一気に目が覚める。

「あ……。お、おはようございます、カリナフさま」

 大きく息を吸いこんで深く吐き出す静かな音が聞こえたあと、「おはよう」と返事があった。カリナフの指先がこめかみから耳へ、背を向けたタナシアの横髪をゆっくりとく。そして指先は、露わになった可愛らしい貝殻のような耳朶の淵をそっとなぞった。

「私を置いて、出て行ってしまうのかと思った」

 そのようなつもりは、と言いかけてタナシアは黙った。
 カデュラス国王の正妃となるべく育てられた身。知っているのは王宮での作法だけで、俗世の後朝きぬぎぬのしきたりや風流など誰も教えてくれなかったし、学ぶ機会にも恵まれなかった。だから、このような言葉に何と返すのが良いのか分からない。

 気恥ずかしくて、けれど幸福に満ちた心のうちをお伝えしたいのに……。口にする術が見つからず、行き場の無い気持ちが胸の中でわだかまる。

「眠れた?」
「……は、はい」
「そう」

 ああ、君はあたたかい。水面に広がる波紋のように、カリナフの声が耳介から体にじんわりと染みてくる。それだけで、手足の指先まで適度な熱が行き渡るようだった。

 タナシアは、唇に微笑をたたえて瞬きした。そして、ふと、おもむろに気付いて顔が火照る。
 触れ合う一糸纏わぬふたりの素肌。瞬きを繰り返す視界に飛び込んでくる部屋には、窓から煌々と陽光が差している。夜の暗がりの中ならまだしも、明るい部屋で体を見るのも見られるのも恥ずかしくて耐えられない。

 褥のそばに脱ぎ捨てられた夜着をつかもうと必死に手を伸ばす。すると、軽やかな笑い声が聞こえて、耳朶を触っていたはずの手に恥骨のあたりを撫でられた。

「……あっ、あの」
「どうした? 耳が真っ赤だ」
「なりません、カリナフさま。あ、朝からこのような……っ!」

 かぷっ。耳朶を食まれて、一夜の余韻が生々しく残る茂みの奥を弄られる。濡れてる、と囁かれて、恥ずかしさで思わず気をやりそうになった。

「もっ……、もう、そろそろ家令が参ります」
「来ない。私が呼ぶまで、誰も来ないよ」
「こ、国府へ行かれるのでしょう? 支度をなさらないと」
「つれないな」

 カリナフが体を擦り寄せる。甘えるように、すりすりと。
 タナシアは、夜着に向けて伸ばしていた手をカリナフの腕に添えた。そして、胸から溢れそうな気持ちを言葉に紡ぐ。

「宜しいのですか? その……、もう少し一緒にいても」
「私はそのつもりだったよ。もう少しと言わず、今日一日ね」
「一日と申されましても、お勤めがおありですのに……」
「君の真面目さは好きだが、いつか君の我儘に振り回されてみたい」
「からかわないでくださいませ」

 ますます顔を赤らめるタナシアの反応を愉しむかのように、閉じた太腿の間に硬い物が挟まってもそもそと動く。秘裂を指で大きく開かれて、尖りをこりこりと指先で遊戯される。これみよがしに、喘ぎを含んだ艶めかしい吐息に耳をくすぐられる。硬度を増した熱塊の先端が、蜜口をつついて焦らすように通り過ぎる。

「ま……、まっ、て、ください……っ」
「やめてほしい?」
「……ちがいっ、んんっ!」
「恥じらう姿もたまらなく愛おしいよ」

 剛直が秘裂に鈴口を埋めて、蜜にまみれながらずりゅっと滑らかに花孔を押し広げた。タナシア、と切なげに呼ばれて、上半身を捻って振り返れば、湿った指に顎をつかまれて貪るように唇を奪われる。

 褥は、互いから分泌される汗や唾液やいろいろな体液が合わさった野性的な臭いとかすかな沈香の匂いに包まれていた。すべてを曝け出すような激しいものが、ふたりを深く深く結びつける。

 はじめは緩やかに動いていたカリナフが、タナシアの体をうつ伏せに倒して背後から激しく中を突く。とろけた火陰ほとが、愛液と一緒に昨夜の名残りの白濁をこぼして、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てた。

「ぁあ、っ、ふっ、ぁんんっ……!」

 何度果てたのか。タナシアが床を這うようにして出たのは、日が高く昇りきった昼前だった。
 湯浴みをして身を整えて、ふたりで昼食を食べて。旅路では普通だった事が、今はとても特別に思える。目が合う度、自分の痴態を思い出して俯いて赤面するタナシアに、カリナフが慈愛の眼差しを向けた。

***

「陛下!」

 どかどかと荒い足音を立てて、ラディエが皇極殿の書院に駆け込んで来た。その形相たるや鬼神のようで、その手に握られた手紙らしき紙は無惨にぐしゃりと潰れている。
 アユルは、書簡から筆先を離して顔をしかめた。

「騒がしいぞ、宰相」
「たおやかになぞしておられましょうや! あのカリナフが、妻を娶ったと便りを寄越して参ったのです!」
「そうか。めでたいな」
「陛下、そのように落ち着いて……。あのカリナフがですぞ、驚かれぬので?」
「カリナフもよい年だろう。何を驚くのだ」
「はぁ、まぁ、それはそうでございまするが」

 ラディエが、肩透かしを喰らったように呆けた顔をする。アユルは、それを鼻で笑って席を立った。そして、書院から廊下へ出た。

『未練を捨て、二度と余の前に現れるな』

 この意味をどう受け取ったのか、今となっては確かめる術も理由もない。カリナフは親しい従兄弟であり、信頼おける腹心でもある。ティムルの家督を捨てて辺境へ赴いたカリナフのために、タナシアには未練を捨ててほしかった。

 ――カリナフの想いは、報われたようだな。

 王宮から、聞こえてくる賑やかな楽の音。今日は、すっかり定例となった茶話会の日だ。高家の子女たちが、ラシュリルを取り囲んで騒いでいる。ラシュリルを占領されて、女たちの集いに参加する気にもなれない。何となく王宮に居づらくて、アユルは皇極殿の書院に避難していたのだ。

 アユルはやれやれと頭を掻いてコルダを近くに呼ぶと、祝いの品を用意するよう命じた。
 庭の植木たちが、今にも弾けそうな花芽をつけて春の訪れを待ちわびている。カシュにも、春の足音が聞こえているのだろう。

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